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海外の外資系企業で4年働いて学んだ5つのこと【仕事観変わった話】

私は4年間タイの外資系企業で勤務していました。会社はヨーロッパ系。日本人の上司はおらず、全員外国人。30歳まで日本の企業でしか働いたことがなかった私からすると、働き方も考え方も異なる環境でした。私はこの4年間で多くのことを学びました。そして仕事観と人生観が大きく変わったのです。

日本のやり方を否定し海外を礼賛するつもりは毛頭ありませんが、日本との違いを感じることが多かったので比較している箇所があります。その点で不愉快な思いをしてしまう方もいるかもしれないので、異文化比較が苦手な方は読まないことをお勧めします。

そしてこれはあくまでも私が勤務した一社から学んだことなので、「外資であってもそんな考えはない」「うちの会社とは違う」ということがあるかもしれません。あくまでも私の体験談としてお読みいただければと思います。

<外資系企業で働いて学んだ10のこと>
1. 残業する人は仕事ができない
2. 部下に残業させている上司は仕事ができない
3. 根性論はバカにされる
4. 過度なホウ・レン・ソウは眉をしかめられる
5. 発言せよ、空気を読んでる場合じゃない

1. 残業する人は仕事ができない

外資系の価値観として知っている方も多いかもしれない「残業する人は仕事ができない説」ですが、この考え方は本当にありました。
残業をする人は仕事ができない。これは事実で、時間管理ができていなかったり要領が悪いと、業務時間内に仕事は終わりません。「でも膨大な仕事が山積みなのに、残業しないとかありえない!」と思う方もいるかもしれません。私も以前はそのように思っていました。

ではなぜ「残業する=仕事ができない」という考えがあるのでしょうか。それは、その日にしなきゃいけない業務量がその日に終われる量だからです。従業員一人に与えられている業務量が、契約時間分なんです。つまり、9:00-18:00(昼休憩1時間)の契約をしている場合、会社は8時間分の業務を従業員に対して与えます。つまり8時間で終えることが出来る仕事量なのです。8時間分の業務なのに、その時間を超えて仕事をしているから仕事が遅いと思われるんですね。8時間の勤務時間として契約している場合、会社側は8時間分の仕事を与える。だからこの考えが成り立つというわけです。

ちなみに残業が続いた場合、従業員の能力が低いのであれば従業員の評価が下がります。その一方で、管理者は「もしやこの業務は8時間以上の仕事量があるのではないか」と考えて調整が行われる事もあります。従業員の能力が低いだけなら、会社は研修や指導をすることで能力をあげる必要が出てきますし、業務量が多いと判断できた場合は量を調整します。

そもそも与えられている業務量が8時間分だから、残業がありえない。だから定時でスパッと帰れない人は仕事ができないとなるんですね。

2. 部下に残業させている上司は仕事ができない

従業員は残業をしていると仕事ができないという評価を受けますが、部下を残業させている上司も低評価を受けることになります。なぜなら、部下の仕事量の管理ができていないからです。

8時間の契約の部下に対して10時間分の仕事を割り振っているのなら、それは管理者の能力不足です。もちろん繁忙期の一定期間はどうしても残業が発生すると言うこともあるでしょう。その場合は仕方ないこともありますが、残業が慢性化しているのなら管理者の責任です。

私はチームを取りまとめる管理者として働いていました。残業している人がいると上司から「なんでみんなまだ仕事してんの?」「業務時間外にやらなきゃならない仕事って何?」としつこく聞かれました。ここで残業している理由を論理的に説明しないと上司は納得してくれません。そのため私は部下の業務量を常に見守っていました。8時間を超える業務量になっていないか。もしくは少なすぎないか。チームを取りまとめている以上、従業員の業務量を把握しておく必要があります。そして8時間を超えずに与えられている仕事をいかにこなしていくかということを考えなければなりませんでした。管理ができない管理者の評価を受けないように必死でしたね。

3. 根性論はバカにされる

根性論ってある種の精神論です。論理的な説明がないまま「頑張る」とか「やれば出来る」と言うのは要注意でした。

以前、あるプロジェクトがなかなかうまく進まずにいたことがありました。顧客からのクレームも入るように。現場ではどうにか成功させようと頑張っていました。そんな時、上司が現場管理者に現状を聞き出そうとします。その時のやり取りがこちら。上司はフランス人。現場管理者は日本人です。

上司:このプロジェクトうまく進んでないみたいだけど、どうなってるの?
現場管理者:今はまだ成果は出ていませんが、成功に向けて力を入れているところです。
上司:もしできないなら、早い段階で見切りをつけるべきだと思う。
現場管理者:大丈夫です。僕はチームのみんなのことを信じていますから、みんなきっとやってくれます!成功させます。
上司:信じてるって何?成功出来る確率は何パーセント?
現場管理者:えっと。。。
上司:80%?90%?
現場管理者:そうですねぇ。。。
上司:成功確率をざっくりでいいから教えて。
現場管理者:はぁ、え〜、でも頑張ります!
上司:頑張るって何を?具体的に何をやるの?
現場管理者:えっと〜。。。
上司:。。。

質問された現場担当者は具体的な数字も事柄も説明できず、あたふた。数字で話せと言われてもデータすら見たことない現場担当者は、仮説ですら話ができませんでした。結局、上司は消化不良といった面持ちで去って行きました。「みんなを信じている」といった時、現場担当者はいかにも自分が素晴らしいことを言っているという感じで誇らしげにしていましたが、上司は「は?信じるとか信じないとか関係ないだろ」と言う感じで怪訝な顔をしていました。このやり取りは当時の私にはかなり衝撃でしたね。だってこれがもし日本人の上司なら「そうか、お前がそう言うなら応援するよ。成果出せよ。」みたいなことを言って「頑張れよ」と言って終わったと思うんです。

これ以降「頑張ります」とか「やれば出来る」といったような根性論を振りかざすのは思考できないバカがやることで、数字やデータを使って説明しないとまともに取り合ってくれないのだと痛感しました。


4. 過度なホウレンソウは眉をしかめられる

仕事には不可欠なホウレンソウ(報告・連絡・相談)。ただし日本のホウレンソウはうざがられる時があります。報告が細かすぎるんですね。外国人上司を相手に同じようにホウレンソウをすると「なんでそんなこといちいち報告するの?」「もっと自分で考えろよ」「だから何?」といった反応が返ってくることがあるかもしれません。

私は30歳になるまでずっと日本の企業に勤めていました。なので仕事の仕方はザ・日本人。いつものようにホウレンソウをすると反応が冷たかったり「あなたがそれをいちいち報告する理由はなんなの?」と聞かれたこともありました。「とにかくホウレンソウをするのが仕事の基本だ!」と教え込まれていた私は、なぜ報告をするのかを考えることなく当然のことのようにしていたんですね。「細かく連携とってないと不安じゃないのかな」と疑問に思ったこともありましたが、細やかなホウレンソウが必要ではない理由がわかったんです。

それはある程度仕事の裁量を部下に任せているからこそ、細やかなホウレンソウを必要としないんです。これは私にとっては嬉しいことでした。何をホウレンソウするかを考えるのは慣れるまで大変でした。上司によってもその感覚が違うので、コミュニケーションをする中で探っていく必要があるのですが、ある程度の裁量を与えられて動けるのは仕事がしやすかったですね。

5. 発言せよ、空気を読んでる場合じゃない

「発言をしないなら空気と一緒」という言葉を聞いたことありますか?会議などで発言を一切せず席に座っているだけなら、空気と一緒で存在感がなく意味のない人という意味です。友人がアメリカでの会議で一度も言葉を発さなかったら、上司から「今度はもう会議に出なくていいよ。君は出席する意味がない。」と言われたことがあるそうです。ただ聞いているだけ、相槌を売っているだけの人に価値はありません。どんな意見を持っていようと発言することが重要。何か立派なことを言わなくちゃと思う必要はありません。意見をいうことが重要なんです。

上司に対して反対意見を言うと、喜ばれることさえありました。反対意見といっても相手を攻撃するような物言いやケンカ腰に話をするわけではありません。丁寧な言葉を選びながら、「私の意見はこうです」と真摯に話します。自分が何を考え、どう思っているのか。これを伝えることがとても大切。空気を読んで周りに合わせてばかりいると、空気を読むどころか空気になってしまいます。発言しあう場があるからこそ、議論が活発になったりコミュニケーションミスを防げたりします。自分の意見を発することの重要性を感じました。

海外で仕事して幸せになった

私が経験したことは、海外で仕事したことのある方には比較的“あるある”なことで特別なものではないと思います。
私が4年勤務して常に感じていたことは「働くという感覚が日本のそれと大きく違う」ということでした。会社と従業員はあくまでも契約内容を通して結ばれているもので、ドライな関係。だから従業員はプライベートの時間を犠牲にしてまで仕事をしようとはしないし、会社も強要しません。そのドライさが私にとってはわかりやすく腹落ちしやすいものでした。
私は海外で働いていなかったら出会うことのなかったであろう仕事観に触れて大きな刺激を受けたとともに、自分を幸せにしながらいきていく術を学んだように感じています。