英語多読にチャレンジしたいけれど、どんな本から始めればいいか迷っていませんか?
そんな方におすすめなのが、児童向け伝記シリーズ『Who Was…?』です。
様々なジャンルの人物が紹介されていて、英語力を高めながら歴史を学べるのが特徴のシリーズです。
今回はその中から、アメリカ先住民でありアメリカ人初のプリマ・バレリーナとして名を馳せた伝説的なダンサー、マリア・トールチーフを取り上げた『Who Was Maria Tallchief?』をご紹介します。
マリア・トールチーフ
マリア・トールチーフは、アメリカ先住民オセージ族出身のバレリーナで、アメリカが生んだ最初のプリマ・バレリーナです。
ニューヨーク・シティ・バレエ団の看板スターとして活躍し、振付家ジョージ・バランシンのもとで数多くの代表作を生み出しました。特に『火の鳥』や『くるみ割り人形』の主役で圧倒的な存在感を発揮します。
私はバレエに関してはまったくのど素人なのですが、バレエの世界ではたとえば日本人が海外留学したりすると、アジア人差別を受けることがあると聞いたことがあります。
マリアもバレエの本場であるロシアの血を引いていないアメリカ人であるということから、差別を受けてきました。
その最たるものが、「ロシア人に見えるようにロシアっぽい名前に変えろ」というものでした。
トールチーフという名前では受け入れてもらえないし、活躍できないということなんですよね。
しかしマリアはアメリカ先住民であることとアメリカ人であることを誇りにしており、その要求を断り”トールチーフ”という名前を使い続けます。
かっこいいですよね。マリアの芯の強さが現れた決断です。きっと名前を変えてロシア人に馴染むようにしたら、バレエ界では生き抜きやすかったことでしょう。
しかし、自分の受け入れやすさよりも自分の出生を大事にしたマリア。
一人の人間としてかっこよすぎませんか。
私のようにバレエを知らない人も、バレエを親しんでいる人にも、勇気と力をくれるマリア。
スマホがあれば、試し読みができるので、チェックしてみてください!
英語の難易度 – 英検2級・TOEIC550
本書は英語ネイティブの8〜12歳が対象です。

英検2級、TOEIC550からチャレンジできるね!
| 単語 | ★★☆☆☆ |
| 文章 | ★★☆☆☆ |
| ストーリー | ★★☆☆☆ |
(※レベルは目安です)

実際の文章をみてみよう!
実際に出てくる英文を見てみましょう。3つピックアップしました。
ダンスだけでなく音楽の才能を発揮していた幼少期
On the other hand, Maria could close her eyes and listen to a melody, then immediately identify the notes. “That’s a C, that’s a G,” she’d tell the piano teacher. Then she played the same melody without making a mistake. “Your daughter has perfect pitch,” the piano teacher told Maria’s mother. It was a remarkable musical talent.
バレエを習い始めてから、ピアノのレッスンもスタートします。
音を聞いてC(ド)、G(ソ)と音がわかったマリア。ピアノも難なく弾きこなします。
なんでもできる天才っているけどマリアもそのうちの一人だったようですね。
母親も娘の才能を早期から見抜いて後押しするなど、全面的にサポートしていました。
12歳の時にであった最高の先生ニジンスカの助言
“When you sleep, sleep like ballerina,” Madame told Maria in her Russian accent. “Even on street waiting for bus, stand like ballerina.”
12歳になったところ、運命の先生に出会います。それは二ジンスカ先生。
先生の指導のもと、バレエに集中し始めるマリア。
先生に言われたことは「常にバレリーナでいなさい。」
ダンスをしている時だけでなく、寝ている時でさえバレリーナのように、と。
これだけの意識ががプロへの一歩となってくんですね。
名前をロシアっぽく変えるように助言されたことも・・・
“You should change your name to Tallchieva,” Mr. Denham told her one day. He felt Tallchieva sounded Russian. People admired Russian dancers much more than American dancers. Look at all the famous Russian prima ballerinas, he said. America had no prima ballerinas.
先住民であるマリアは幼少期からきているものが違うことなどから、からかわれる対象になることが多くありました。
バレエで才能を見せ始めた頃も、ロシア風の名前にした方が大衆のウケが良いということで、名前を変えるように言われたことも。
自分のアイデンティティである名前を変えるなんて屈辱ですよね。
でもマリアは名前を変えることはしませんでした。
そこに強さを感じます。
差別、謙虚さ、地に足がついた生き方
Ballet Russeに入団し、ツアーの列車に乗り込みました。
座席の倒し方がわからず、人に聞くこともできず、一晩中背もたれば真っ直ぐのままで過ごしたマリア。アメリカ人の勝手なイメージですが、そんなシャイな人がいるんだなぁと親近感を覚えます。母親から送られてくる5ドルの仕送りを使うことなく貯金します。
Many of the dancers in the Ballet Russe were Russian. For them, ballet was a Russian art. The Americans were merely imitators.
That seventeen-year-old Maria had come so far so quickly made some of the Russians jealous. During a rehearsal, Maria’s Russian partner let go of her hand at the wrong moment, and she fell. She could have been seriously injured. Had he done it on purpose? She had no way of knowing.
動画で学ぶ
実際の映像(1962)
マリア・トールチーフがジョン・F・ケネディの前でパフォーマンスした時の映像です。
中学英語でチャレンジできる動画です
【NEXT STEP!】次はこの本にチャレンジ!
ジョン・F・ケネディ
マリア・トールチーフはジョン・F・ケネディの前でも演技を披露しています。
『Who Was Claude Monet?』レビュー記事



